控訴審第2回公判期日後の記者会見内容(2019年4月16日)

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【冒頭説明】

(郷原)

国立循環器病研究センターをめぐる,いわゆる官製談合防止法違反事件,本日開かれた控訴審第2回公判で弁論が行われ,結審しました。判決は,7月30日の予定です。
原審で調べられた証拠だけに基づいて控訴審が判断するという場合には,弁論は開かれないわけです。今回は,控訴審で,上智大学法科大学院・楠茂樹教授の意見書を事実取調請求,つまり,証拠請求をして採用されておりまして,その意見書に基づく弁論をするということが,今日の弁論のなかで一番中心的なテーマでした。

弁論のなかでも述べましたように,この事件というのは官製談合防止法違反という,やや特殊な法律の罰則が適用された事例でして,構成要件も「公の入札等の公正を害すべき行為」ということで,非常に抽象的で,なにが犯罪にあたるのかということも,なかなかそれだけではわかりにくい。この法律の立法の経緯,趣旨,保護法益などに照らして適切な解釈を行っていかなければいけませんし,しかも,重要なことは,このような事件で,罰則適用が行われると,すべての公共調達に重大な影響が生じるわけです。そこで示された判断というのが,すべての公共調達における官製談合防止法違反の罰則適用に関係してくることになります。ということもあって,われわれは,この事件においては,公共調達法制の第一人者であって,ほぼ唯一の専門家と言ってよい楠教授の意見書というのを非常に重要なものと位置づけてきました。

楠意見書ではこの法律の立法の経緯,保護法益,解釈等に関して詳細に論じており,本件で問題となる法令解釈上の論点についても詳細に理由が述べられて,いろいろな論証が行われています。今回のわれわれ弁護人側の主張は,この楠意見書がベースになったものと考えてよいものです。

この楠意見書の取調請求に対して,検察官は,当初,答弁書で,不同意・不必要と言っていました。われわれは,不同意はともかくとして,不必要とはどういうことかと思いました。本件についてこれほど重要な証拠が,関連性がないとか,全然取り調べが必要ないとかいうことはおよそ考えられないわけで,しかも,楠教授は,検察官である法務省の局付が書いた論文や,検察官が大コンメンタールに書いた見解などに基づいて,通説・判例の見解に基づいて論述しているわけですから,少なくともその部分を同意しないなどということはありえないわけです。そこで,弁護人側からその点について意見書で指摘したところ,検察官は,一転して,同意すると。全部同意するけれども,内容的な面については信用性を争う,その趣旨は,「見解を異にする」という意味だと言ったわけです。われわれは,見解を異にするのであれば,その見解を明らかにしてもらえないと,楠意見書に基づく弁論ができない,と再三にわたって,検察官に具体的な意見を述べるように要求をしてきました。ところが検察官は一切それに応じない。そこで,弁護人側から楠教授に,急遽,再度のお願いをしたわけです。それが,今日,取り調べられた楠補充意見書です。

この楠補充意見書では,検察官が見解を異にする,異にすると言いながら,全然その内容を明らかにしないで,あたかも本件ではそれほど楠意見書は重要でないかのように装っているので,そうではないということ,そして,原判決と検察官の法令解釈と,楠意見書の見解はこんなに違っているのに,それについて検察官がなんら具体的な見解も示さないというのは,むしろ,検察官自身が反論を放棄したことになるのではないか,ということを明らかにするために,楠教授に,原判決と検察官の意見書などを送って,どこが同じでどこが違うのかということについて,きちんと書いてもらいました。それが,今日,弁論でも述べたように,基本論のところは同じ,これは当たり前です。通説・判例の見解に沿ってやっているわけですから。ところが,本件に対する当てはめのところが全然違うと。楠意見書の見解によれば,少なくとも桑田さんの行為について,ごくごく一部が形式的に犯罪にあたるという可能性は否定できないけれども,全体としては無罪。そしてごくごく一部犯罪にあたるところも,ほとんどそのようなものは刑事事件として取り上げられる余地のない形式的な問題だということを楠意見書は言っているわけです。

その一方で,原判決とか検察官は,出発点は同じなのに,それがあたかも今回の桑田さんに対して官製談合防止法違反が成立して,量刑も,懲役刑が相当であるようなところに結びつけているわけで,それであれば,その理由が必要なはずです。なぜ出発点が同じなのに違う結論になるのか。それが全然示されていないではないかということが,明白にわかるような内容の補充意見書を楠教授は書いてくれたわけです。

さすがに,これに対して検察官は同意しないだろうと私は思っていたわけです。これに同意してしまったらおしまいだよと,これは完全に自己否定になってしまうではないかというような補充意見書の内容ですから。ところが,またしても検察官の意見は同意でした。しかも,今日の公判でご覧になったように,検察官は,弁論もなにも,意見を言わないのです。完全黙秘です。これは一体どういうことなのかと。検察官として控訴審における立証義務をまったく尽くしていない。もう主張・反論の放棄に近い,というふうに私は思いました。結局,反論ができないからそうなってしまう,としか考えられないのです。

今日,補充意見書の同意と同時に,検察官が,その説明として出してきたのが,楠意見書は独自の見解だと言うのですけれども,それも一体なにが独自なのかということです。楠教授の見解が独自なのだったら,独自でない考え方がどこにあるのだと。しかも,判例実務に反するとも言うのですけれども,その判例というのが,検察官がすでに出していた,4つの下級審での判決のことでした。

弁護人側でこれらの判決を精査しましたが,まったく関係がありません。今回の事件で問題になっている,お付き合い入札とか,特定業者への指導・助言というのは,競争が実質的にない状態で,競争の外形を取り繕うような行為のことなのです。しかし,そのような行為は,結構いろいろなところで行われていて,刑事事件で取り上げられたことは聞いたことがないのです。それを刑事事件にした例があれば出してみろと言いたかったのですけれども,幸いなことに,検察官は,判例実務に反する,という主張のなかで,もう2ヶ月ほどまえに全国の事例を検索した結果,検察官が出した4つがせいぜいで,ほかに類似の事案はないということを明らかにしてくれました。逆に,楠教授が言っている,本件のような行為はおよそ刑事事件として取り上げられるべき事件ではないということが,図らずも,検察官の主張・対応によって論証された,裏付けられたと考えられると思います。

これで今回の事件の控訴審というのは終結することになります。われわれは,本当は,桑田さんは無罪であると言いたかった。しかし,楠意見書のなかで,体制表の送付のところは,現行の,前年度のものであったとしても,完全に犯罪性を否定するのは困難だという見解があったからこそ,桑田さんも,第1の公訴事実については無罪主張を諦めた。その代わり,これは本来まったく刑事事件で取り上げられるべき事件ではなかったので,有罪であるとしても罰金刑の執行猶予相当だという主張に切り替えたわけです。それが意味するところは,検察官が刑事事件として取り上げ起訴したことが,まったく見当外れ,まったく的外れだ,ということです。だから,通常なかなかみられない,罰金刑の執行猶予というのは,検察官の起訴がおかしかったという意味で言っているわけです。

今日の弁論についての,私からの説明は以上です。

それから,今日,楠教授からのメッセージがメールで届いていて,あらためて意見書で楠教授が述べたことを踏まえて,最後にこういうことを言っています。

本件は公共調達の世界においても官製談合防止法の世界においても,極めて注目される重大な先例となるだろう。学術界のみならず司法界でも多くの関係者が今後論じ続けることとなろう。大阪高裁にはどうか,以上の問題を意識した上で,法の番人として適切な判断を下してもらいたい。

このように非常に重大な影響を生じさせる事件であること,もちろん桑田さん個人にとっても,あれだけの国循への貢献をした桑田さんが,犯罪者として裁かれる,これは社会的にあってはならないことなのですが,そういったことが,仮にこのまま放置されるとすると,公共調達の世界全体にも重大な影響が生じるということを,ぜひ皆さんにご理解いただきたいと思います。

(桑田)

私は,被告人の立場で,前回の記者会見でも申し上げたのですが,私自身の有罪無罪というよりも,われわれの業界,医療情報システムを扱う業界にとってありえない判決が出た,それを正してほしい,これを前例としてほしくないという思いが一番にあります。とくに,今回の弁論にもありましたけれども,最低価格落札方式の一般競争入札において,仕様を設定した際に,その仕様の条件が最低限のものでなければならない,という裁判所の判断はありえないことなのです。実務面からみてもありえないし,楠教授もそのようにおっしゃっている。そういった解釈に基づいて第一審の判決が出たということはまったく間違っているし,これが前例になってしまうと,情報システムだけでなく,世の中の公共調達のほとんどを占める最低価格落札方式による一般競争入札おいて,設定した仕様が「最低限」でなければならなくなる。これは非常におかしいことです。実際,最低限かどうかが基準ではなくて,合理的かどうかが基準であるはずです。公的機関は,お金を節約するために調達をしているわけではなくて,そのモノがほしいから,そのサービスが組織にとって必要だから調達をするわけです。ではなぜ必要なのかというと,その組織には目的があって,組織のなすべき目的に沿ったモノ・サービスを調達するため,それだけの話です。そこを顧みないと,「公的機関なのだから最低限のもの,最小限のものでいいじゃないか」と思いがちですが,実はそうではない。安かろう,悪かろうというものを入れることによって,かえって組織の目的が達成できず,ひいては国民全体のサービスの質を低下させるということが当然あるわけです。そういったところをわかっていただきたいのです。

今回の公判で発言の機会があれば言おうかと思っていたのですが,たとえば裁判所で使っている椅子も,最低価格落札方式の一般競争入札で調達しているはずです。でも,被告人席にある椅子と,裁判官の座っている椅子とではまったく違います。裁判官のあの立派な椅子は,本当に最低限のものですかと。最低限でいいのだったら,被告人席にある普通の椅子と同じでいいし,なんでしたら,背もたれすらない丸椅子だっていいじゃないですか,座れるのですから,という話です。そうではない,最低限ではなくて,そこにはやはり合理性が基準としてあるはずです。私は裁判官が立派な椅子に座っていてもいいと思います。それにはそれなりの社会的慣習あって,合理性が認められると私は思います。そういった単純なことが,裁判のなかではまったくもやもやしてしまって認められない。そうしておかしな判例ができる,そういったことは絶対に避けたいと思っているわけであります。

私からは以上です。

【主な質疑応答】

(記者)

今回は一部無罪の主張をするということで,裁判所の結論として出てくる最良の結果は,いくつかの事実については無罪,そして罰金刑の執行猶予ということになりますか。

(郷原)

そうです。控訴趣意書には公訴棄却の主張もしましたが,現時点では絞り込んで,罰金の執行猶予の方をメインに言っていった方が,この段階においては弁護人としては良いだろうということで,あえて弁論ではそれは言いませんでした。

しかし,意見招請手続きの欠缺というのは重大な問題なのです。その手続きをきちんとやっていれば,桑田さんはこんな疑われるようなことをする必要はなかったわけです。ところが,検察官は,原審の論告でそれについてまったくなにも言わないし,答弁書でも言わない。それについて避けている。これはよほどやましいことがあるからじゃないか,とわれわれは思うのですけれども,結局,検察官はなにも言わないので,こちらとしても,やましいことの中身が主張できないわけです。

ということで,公訴棄却論のところは控訴趣意書の段階では言ったのだけれども,現時点では根拠を明確にできないということで,罰金の執行猶予を中心に求めたわけです。

(記者)

裁判官が原審の判断を変えるとすると,その根拠となるのはこの意見書でしょうか。

(郷原)

今回の弁論は,控訴審で取り調べられた証拠に基づく弁論でして,その証拠というのは,楠意見書と情状関係の書面でした。ですので,そこに絞って弁論をしたのですけれども,もちろん控訴趣意書では,それ以外の事実誤認のところも徹底して詳細に主張しているので,事実誤認を理由にして原判決を覆すということも十分にあります。そこは弁論のなかでも付記しています。それと,法令解釈の誤りということであれば,楠意見書が参考にされるであろうと思います。「楠意見書によれば」という形になるかはともかくとして,そこは相当重大な問題だということが裁判所にも認識されたのではないかと思っています。それ以外にも,相当ひどい事実誤認がたくさんあるので,それも含めて裁判所が判断してくれることを期待しています。

(記者)

とすると,楠意見書を待つことなく,事実誤認で全部覆すということもありますか。

(郷原)

第2,第3に関しては十分ありえます。

(記者)

検察官の反論としては,意見書に関する反論はあったけれども,補充意見書に関する反論はなかったということですか。

(郷原)

いえ,意見書に関する反論もまったくないわけです。1月24日の後,再三にわたって検察官に求めてきたのですが,楠意見書に対する反論は,検察官にはできないのでしょう。できないから,反論しないのだと思います。

ところで,実際には検察官は言わなかったのですが,主観的要素の部分について,「特定の業者に有利にしようという目的があったのだから,一般的な公共調達論,官製談合防止法の適用ができないのだ」と検察官が主張することは想定していました。しかし,そこはまったく違うのです。少なくとも桑田さんには,特別D社を有利に取り扱いたい,D社の利益を図りたいという気持ちがあったわけではなくて,あくまで,国循の情報システムの発注においてD社が非常に評価できる優秀な業者であったから,それが評価され,その結果落札してくれればいいなと気持ちがあっただけで,それ以上のものはなにもないのです。ですから,特別,一般的な発注者の主観的な内容,意図,目的と区別するようなものはなにもない。そこは根拠にならないと思います。検察官は,そこについても今日はなにも言わなかったです。

(記者)

検察官が挙げてきた下級審の判例というのは,どういう流れのなかで出てきたのですか。

(郷原)

検察官の挙げた判例が本件とまったく違うというのは,それらが一般的な官製談合防止法違反の事例で,お付き合い入札というのも,指名セットなのです。指名競争入札で,受注意欲のない業者を集めてセットしてもらって,それで高値の入札をする特定の業者が有利になると。これはもう古典的な犯罪であって,それが犯罪になることについて何の問題もない。それから,特定の業者に対する指導・助言もそうです。検察官のいう判例は,企画競争などで指導・助言をして有利になるように教えてあげたということで犯罪になっているわけで,今回のように,実質的に競争がない,競争の外形を作った,実質,本当は1社応札なのだけれども,それに受注意思のない業者に加わってもらって競争の外形を作った,そういう事例が摘発されている事例はまったくない。

もちろん事実関係の問題として,そもそもお付き合い入札に桑田さんが関わったというところも争いがあって,桑田さんはずっと否定しているところです。しかし,かりに原審通りの事実認定をしたとしても,これは法令解釈上,犯罪は成立しない,あるいはぎりぎり成立する場合があったとしても,きわめて処罰価値が低い,こんなものは刑事事件として取り上げるべきものではない,というのが楠意見書の見解であって,それは4つしか判例が出てこなかった。その出てきたものも,本件とはぜんぜん事例が違うということで,かえって楠意見書の見解が裏付けられたと言えます。

(記者)

一審の判決があって,実際,業界で萎縮したという声が上がったりするケースというのはあったのでしょうか。

(桑田)

もちろん,それが公のニュースになるということはないと思うのですけれども,実際,非常に仕様書を書きにくくなったという声があったりとか,第三者性を担保したいがためにコンサル会社に仕様書を作らせるということが行われたりしています。国循でも,実際に,私が逮捕された後の仕様書については,コンサル会社が作っていました。

(郷原)

それで,競争性が非常に重視されて,参入排除性というのは極力排除するということになっています。

(桑田)

2社以上が入るような仕様書を作ってくれ,というのが,発注側のコンサル会社に対するオーダーになっています。私は,調達をやる事務担当ではなく,ちょっと立場が違っていまして,現場にいる責任者なのです。ですので,情報システムを現場に導入して,医療従事者あるいは患者さんのためになるものを入れたいのであって,競争性を高めることが私の目的ではないのです。むしろ,今は,そういう第三者的なコンサルが入って,競争性を重視した仕様書を書くことが目的となってしまって,現場のニーズとか,本当によりよい医療とか,効率的な医療をするための項目がどんどん削除されてしまうわけです。私ども現場が,これはほしいから是非入れたい,情報システムにこういう機能が備わってほしいということを要求したとしても,コンサルに,いやそれができる企業が数社しかありません,あるいは1社しかありませんと言われてしまうと,それは落とされてしまうわけです。

(郷原)

これは公共調達のコンプライアンスシステムに一番大きな影響があります。私も国交省の公正入札調査会議の委員をやっていますけれども,入札が公正なのかどうかということについて,裁判例というのは非常に重視されます。この事例がもし官製談合防止法違反で確定したということになると,裁判所がこういう判断を示してそれが確定したということを前提に,発注者が仕様を確定しなくてはいけないし,発注者としての対応を行わないと,コンプラインス違反になってしまうのです。公正入札調査会議というのはコンプライアンス違反に対して色々と問題を指摘する会議なので,そこでは非常に大きな影響を生じることにたぶんなると思います。

(記者)

そうなった場合,現場で必要なものが調達できなくなってしまうということですか。

(郷原)

はい,そういうことです。

(桑田)

もちろんそれが贅沢なものであってはならないと思うのです。本来,必要もないのに,過剰なものを要求している,そういうレベルの話ではないのです。必要だからこそ,あるいは組織としてやらなければいけないこと,国循の場合は,実際の診療と研究を同時に行って,診療で得られたデータを研究にも活かすとそういった理念があったわけですけれども,そのために必要な機能というのは一般病院のそれとは違うし,ましてやお役所のそれともまったく違うわけです。そこで必要最低限と言われてしまうと,そういった組織の目標とする取り組みというのが,そもそもできなくなる,そういった危惧があります。

(記者)

今日の弁論を聞いていて,本来の筋というのは,公訴権の濫用という話なのかなと思ったのですけれども,この種の事案で起訴猶予相当あるいはそうなるべき事例はありますか。

(郷原)

検察の独自捜査で,強制捜査に着手して,結果的にすべて起訴猶予で終わってしまったという事例を,私は知らないです。なぜかというと,検察は引き返す勇気を持つと言っていながら,引き返す勇気を持っていない,だから結局引き返さないからです。今回の件も,狙いがはずれたのだから,本当は引き返すべきだったのです。そうすればこんなことにはなっていないのです。桑田さんはいまだに国循の医療情報部長として活躍をして色んな功績を残していたはずです。それは検察が引き返さなかったからです。

以上