第26回公判(2017/05/15)弁論更新(1)高橋弁護団の意見陳述
裁判には「弁論の更新」という手続きがあります。
これは、裁判官の構成に変更のあった場合に、「新しい裁判体において、以前の弁論の内容を引き継ぎました」ということを実現する手続きです。この弁論の更新において、検察側、弁護側はそれぞれ意見陳述をやり直すことができます。
2017年5月15日に行われた「国循官製談合事件」の第26回公判においては、裁判官の異動(裁判長に変更はなし)に伴い、この弁論更新が行われました。
検察側は新たな意見陳述は行いませんでした。
弁護側は、桑田弁護団、高橋弁護団がそれぞれ意見陳述を行いました。
今回、次回と2回にわけて、両弁護団による意見陳述の概要を記します。
第1回目は高橋弁護団の意見陳述です。実際の公判では、桑田弁護団の陳述が先に行われましたが、秋田弁護士の陳述は公判全体を総括したものであり、読者の理解を深める意味においてはこちらを先に紹介した方がよいとの判断から先に紹介します。(桑田)
高橋弁護団の意見陳述の概要
弁護人:秋田真志(主任)、水谷恭史、高橋早苗
はじめに
- リオデジャネイロ・オリンピックの100メートル男子の参加標準記録は10秒16。この記録を超えられるのは、1億人のうち僅か数名。しかし「競争の公正さを害さない」ようにと、基準を100メートル12秒に下げるのは荒唐無稽である。これと同じことを検察官は主張している。
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検察官は、本件入札の仕様がダンテックにのみ有利であるとし、公正な競争が害されたと言っている。しかし、国立循環器病研究センター(国循)は、わが国随一の医療機関、ナショナルセンターであり、そこで求められる技術に見合う仕様条件が盛り込まれたからといって、公正な競争を害するはずがない。
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以前の公判で高橋弁護団は「大阪地検特捜部は見立てを誤った」と述べたが、もはや「大阪地検特捜部の見立ては崩壊した」と言うべき。
公訴事実第1
- 高橋さんとしては、「高橋さんが桑田さんに現行の業務体制を尋ねたことが、入札の公正を害したと言えるのか」が争点。
- 入札に先立ち、参加業者が現行の業務体制を尋ねることは何ら不正ではない。
- 現行業務体制が不明のままでは人材確保ができないし、落札後の業務引継にも支障を来す。
- 新規参入業者にとっては、現行業務体制が不明であることこそ参入障壁である。
- 検察官は、現行業務体制表から現行業者の人件費を推定できると疑ったようであるが、まったくの的外れ。検察官の主張自体が失当というべき。
公訴事実第2
- 「500床以上の仮想化構築実績を複数有すること」「新利用者管理システム等のプログラムの改修と機能の追加」という仕様書の要件が公正な競争を害するかが根本的な争点。
- しかし、そもそも仕様書作成は国循の責任で行われるもの。
- もしダンテックが仕様書作成に協力したことがあったとしても、その公正さを確保すべきは、国循の責任。その責任者は桑田さんですらない。
- 国循が本来取るべき手続をとらなかったこと*1について、現行業者であるダンテック代表者の高橋さんが刑事責任を問われる理由などまったくない。
公訴事実第3
- 公募型企画競争入札(いわゆるコンペ)で、ダンテックの涌嶋さんが、桑田さんにプレゼンテーションの内容について相談をしたことや、ダンテックとしてお付き合い入札を他の業者に依頼したことが、競争の公正を害したと言えるか否かが争点。
- 業者側がよりよい提案をするために、発注者側の意見を求めるのは当然。これが不公正というのであれば、実情に応じた適正な業務の提供ができない。
- 本件では、ダンテック以外に入札に参加する業者は予定されておらず、そもそも競争が成立していなかった。
- よって、お付き合い入札は、競争の公正を害する行為ではない。
- ダンテックは、国循事務方の強い要望に応えてお付き合いを要請したにすぎない。
国循関係者の証言によって明らかになったことー原口亮氏(国循IT戦略室長、桑田さんの前任者といえる人物)
- 「平成24年度の仕様書の作成に現行業者であるNECが関わっていた。」
- 「仕様書の最終決定をするのは国循である。」
- 「国循が平成24年から25年にかけてNCVCネットワークに導入しようとしていた仮想化技術はきわめて高度なものであった。」
- 「ダンテックの前任業者であるNECでは仮想化の実装ができていなかった。」
- 「NECが導入した旧利用者管理システムの使い勝手がきわめて悪かった。」
- 「旧利用者管理システムでも『プログラムの改修や機能の追加』は必要と考えられていた*2。」
- 以上のことから、公訴事実第2で問題とされている仕様書の条件について、内容もダンテックが協力したことも、何ら問題がなかったことが明らか。
NEC関係者の証言によって明らかになったことー尾崎卓也氏(平成24年入札の担当者)、原田健吉氏(平成25年入札当時の営業担当者)
- 「桑田さんから高橋さんに送付された業務体制表では人件費の推計は不可能。」
- 「NECが作った旧利用者管理システムでも、改修は業務内容に含まれていた。」
- 「NCVCネットワークの運用保守業務には、現行システムの改善、新規サービスの提案も含まれていた。」
- 「NCVCネットワークの運用保守業務には、ネットワークシステムの構築実績が要求されるものであった。」
- 「国循側がー者応札を回避しようとしていた。」
- 平成25年当時、すでに全国規模で導入が進められていた仮想化技術についてNECは消極的であり、国循側のニーズに応えられていなかったことが露呈した。
- NECの意向を受けて入札したシステムスクエア社には入札の要件を満たす仮想化構築実績がなかったことが露呈した。
システムスクエア関係者の証言から明らかになったことー鶴見浩一氏(平成25年入札の担当者)
- 平成25年入札には当初NECが入札に参加する意向であった。
- しかし、「入札の10日前に突然NECが応札を取りやめ、代わりにシステムスクエアが入札に参加することになった。」
- 鶴見氏は「入札の経緯を全く理解しないまま担当者となり」「従前同社がNCVCネットワークの保守運用についてどう関わってきたかについても知らず」「社内の技術者や能力すら知らず」「仮想化の構築実績を同社が持っていたかどうかを知らなかった」。きわめて杜撰な応札といえる。
- 入札金額は、最低限の人件費も確保できない、9270万円という破格の金額。ダンテック排除のために、NECの意を受けたシステムスクエアが採算を度外視した不合理な入札しをしてきたとしか考えられない。
- もしシステムスクエアがそのまま落札受注していれば*3、国循は大いに混乱していただろう。
- むしろ、公訴事実第2の仮想化構築実績の条件は、このような不誠実な企業の受注を阻止するという重要な役割を果たした。
- 平成25年入札で受注に失敗したシステムスクエアの働き掛けや情報提供が、大阪地検特捜部の捜査に影響した可能性は否定できない。
緒方検察官の「あきれた」異議
- システムスクエアの不合理な応札姿勢を質した弁護側の反対尋問に対し、緒方検察官は、次のような異議を申し立てた。
入札なんですから、一番安い価格で入れればいいんじゃないんですか。何の話をされてるんですか。
- ナショナルセンターである国循において、安かろう悪かろうでよいはずがない。本件入札の本質を全く理解していない。
- 検察官が本件入札の本質を全く理解していないことは十分に留意されなければならない。
ダンテック関係者の証言から明らかになったことー涌嶋賢二氏
- 涌嶋証人をリーダーとして、ダンテックが国循のIT環境をよりよくしようと、きわめて誠実に努力をしてきた。システムスクエアや前任業者であったNECの姿勢とは対照的。
- NECの構築したIT環境は「ネットワーク毎にバラバラのシステム」で「何度もログインが必要」であるなどきわめて使い勝手が悪く、「無用なサーバも数多くあるうえに機器も整理されていない」など無駄かつ問題が多く、「ライセンス管理も不十分」で「セキュリティのパターンファイルも長期間にわたり更新されていない」など、杜撰なものであった。
- 涌嶋証人は、桑田さんにプレゼンテーション資料を事前に見てもらった行為について、日常業務の中で行われていたこともあり、詳細な記憶がない。
- 国循のニーズに応じたよりよいプレゼンテーションをするためであったことは明らかで、公正な競争が害されることなどありえない。
第三者の立場①ー小林隆則氏(メディカルエージェンシー代表者、同社は事件発覚後の平成26年の仕様書作成にあたった企業)
- プログラムの改修と機能の追加について:その必要性は「日々生じるもので、随意契約によって対応することは効率的ではなく、運用担当者が行うのが現実的。」
- 仮想化の構築経験について:「必須ではないが有用である。非合理ということは、絶対にない。構築経験の有無は、障害の切り分けにも大きく影響する。」
- 「国循で要求される技術は国内最高レベルである。」
- 「仕様書作成を現行業者が支援すること、500床という基準で区別すること、病院情報システムの知識を要求することはいずれも不合理ではない。」
- 結局、検察官が問題にする仕様書の記載は、いずれも競争の公正を害するものではないことが明らかとなった。検察官の試みは、完全に失敗に終わった。
第三者の立場②ー松村泰志氏(大阪大学医学部教授)
- 入札参加業者が業務体制を確認することは、業務のボリュームを知らずに入札する方が無責任である。業務体制は機密情報ではない。
- 仕様書に記載された「プログラムの改修と機能の追加」、「500床以上の病院での仮想化構築経験」のいずれについても正当。
- 競争性が損なわれるという理由で仕様書に必要な要件を記載しなければ、「日本全体が停渋する」。
第三者の立場③ー黒田知宏氏(京都大学医学部附属病院教授)
- 「国循の規模からすれば『600床』以上とするのが相当で『500床以上の仮想化システム構築経験』は、むしろ緩いという印象を持った。」
- 平成24年当時、仮想化技術は一般的な技術で、国循が平成25年から本格導入したことは「早くはない」。
第三者の立場④ー清水和幸氏(SIDソリューションズ代表取締役、同社はダンテックと同様に情報システムの構築、運用保守などを手がけている企業)
- 現行業務体制の情報を知るために、担当者に面談やメールで、質問しており、それらの情報は入札の関係では有利に働かない。
- 本件のNECの業務体制表からNECの入札価格を予想できない。
- 現行業者が発注者から仕様書案の作成を要請されることはよくある。
- 仕様書作成に何社が関与しているか、業者側の提示した仕様書案が最終的に仕様書になるかどうかは業者側にはわからない。
- 平成25年当時、シンクライアントシステムは普通に動いているシステムであった。
- 新利用者管理システム等のプログラムの改修と機能の追加も業者として十分に対応可能なものであって、競争の公正を害するものではない。
第三者の立場からの証言のまとめ
- 検察官請求か、弁護人請求かを問わず、第三者的な立場にある証人の証言は一致している。
- 入札参加業者が現行業務体制を確認することも、業者が仕様書作成に関わることも、何ら競争の公正を害するものではない。
- 「プログラムの改修と機能の追加」や「仮想化の構築実績」を求める本件仕様書の内容も、何ら競争の公正を害するものではなかった。
- 検察官の見立てが崩壊していることは明らか。
まとめ
- 検察官は、平成25年仕様書には、「ダンテック以外の業者の参入が困難になるような条件」が盛り込まれているとしている。しかし、システムスクエアの希望するような仕様書がまかり通れば、競争レベルが下がり、粗悪な業者が参入してくることになる。そうなれば、自由で公正な競争が行われなくなり、わが国の技術向上の進歩を阻害してしまう。
- 本更新にあたり、裁判所には、これまでの証人尋問等の結果を踏まえて、今一度、最高度のITの入札がいかにあるべきかという観点から検察官の主張が合理的なものと言えるのかを再吟味していただきたい。